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カメラ・ダイアリーです。COCOROの向くままカメラの向くまま・・・。


by hibari0929
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カテゴリ:その他( 128 )


執行猶予が終わって


執行猶予がとうとう終わって
またひとつ歳を取ってしまいました。
今更もう何もめでたくありませんが、
ツインズが「グランマ おめでとう!!」と
優しいハグをプレゼントしてくれました。
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心が和む瞬間です。

「髪の毛染めようかなぁ・・・?」と言えば
「今のまんまでいい!」と言い。

「もう少し痩せたい。」と言えば
「今のままでいいの。ポヨン・ポヨンしているのが気持ちいい。」とのたまう二人。
ああ・・・このまま年取っていくのでしょうかしら。
時々ふと淋しく思うこともあります。
なにしろこの10年余り、人生二度目の育児に時間を費やしてしまったのですから。

でもね、
これからも色々な出来事や困難もあるのでしょうけれど、
ツインズの成長を見守りながら
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お友達のお庭のように、にぎやかに花を咲かせて

人生の果実をたくさん実らせることが出来たら嬉しいな。
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そんな風に考えたりもするのです。



hibari
2017.10.28
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by unjaku | 2017-10-28 16:31 | その他 | Comments(8)

昨夜、些細なことから懐かしい曲を思い出した。
思春期から青春期にかけて、よく歌った曲。
歌詞は、飽きるほど聞きながら耳で覚えた。


「虹と共に消えた恋」

Shule, shule, shule-a-roo,
Shule-a-rak-shak, shule-a-ba-ba-coo.
When I saw my Sally Babby Beal,
come bibble in the boo shy Lorey.

Here I sit on Buttermilk Hill;
who could blame me, cry my fill;
Every tear would turn a mill,
Johnny's gone for a soldier.

Shule, shule, shule-a-roo,
Shule-a-rak-shak, shule-a-ba-ba-coo.
When I saw my Sally Babby Beal,
come bibble in the boo shy Lorey.

I sold my flax, I sold my wheel,
to buy my love a sword of steel;
So it in battle he might wield,
Johnny's gone for a soldier.


あの頃、世界はベトナム戦争の長期化に揺れ動き、
それは日本とて例外でなくて、
学生運動も、「反米」「反ベトナム戦争」と
戦いの視野を広げ先鋭化していった。

たまに銀座になど出かけると
数寄屋橋交差点付近で、機動隊と学生たちが
一触即発のなかでにらみ合っていた。

道路にはがれきや火炎瓶が散乱して
はがされた道路はボロボロになっていた。

そんな世相を背景に、静かな反戦フォークソングも
また多くの人の支持を集めて歌われた。
「虹と共に消えた恋」
PPMを始めジョーン・バエズ他、多くの歌手が歌った。
もともとの詩や曲はアイルランドの物らしい。

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日本語の歌詞も付けられて、たぶんこんな風に歌われていたと思う。

「Shule, shule, shule-a-roo,
 Shule-a-rak-shak, shule-a-ba-ba-coo.
 When I saw my Sally Babby Beal,
 come bibble in the boo shy Lorey.

 この丘に立ちひとりで泣くの
 その涙にも もうジョニーはいない。」


新宿西口で行われたフォークゲリラも、もう遠い昔の出来事になった。
暑い日々だったなぁ。



hibari
2017.8.12
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by unjaku | 2017-08-12 11:12 | その他 | Comments(4)

スクラップより


スクラップノートがだいぶたまって
久しぶりにのぞいてみました。

ファッション・スタイル・インテリア・料理・トープ・ツインズ関係・時事問題etc。
よくもまぁ、と思うほど。
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中でも下の画像はお気に入り。
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可愛い孫ができたら、こんな服装をさせたい・・・・という願望で
長い間しまっておいたものです。
ちょうど今が、この写真の年頃になったツインズです。


他にも。いろいろと。
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最近は読みたい雑誌もなくて、
切り抜いておきたいと思う写真も、みな似たり寄ったりで
刺激されるものが少なくなりました。


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これは、ツインズが保育園時代、お手紙の交換が流行って
お友達から頂いた手紙に、びっしりと描かれた可愛い絵・絵・絵。

こんな可愛いイラスト入りのお手紙は、全部スクラップしてあるのです。
過ぎてみれば、捨てないでよかった!


hibari
2017.8.3
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by unjaku | 2017-08-03 14:38 | その他 | Comments(0)

今日はリハビリ


暑い月曜日。
今日は午後からリハビリ。
恐い美人トレーナーが待っています。


前回のリハビリが散々で、
「〇〇さん、少しの間にどうしてこんな変な歩き方になったの!?
今日で終わりにしようかと思ったけれど、このままじゃ終われないわ!
これから教えるストレッチを、毎日しっかりやって来なさい。」
と叱られて、さて今日はどうなる。

病棟をつなぐ通路が、比較的人が少ないので、
その通路が歩行練習の場所になります。

歩く私の後ろ姿を、鋭い目で睨むように見ている視線が今から痛い。
負けるな私。覚悟を決めていってきます。
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そして今日は、モンゴル組が帰る予定。
私のバカンスは、ベランダのペンキ塗りやら、いらない書類の整理。
大物の洗濯を済ませ、繕い物。リハビリ兼ねた散歩やらで終わりそうです。

さぁ 今日の夜は熱いだろうなぁ。

hibari
2017.7.31
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by unjaku | 2017-07-31 09:34 | その他 | Comments(4)

砂の思い出


砂の思い出・・・・Sが亡くなって何年になる?
sayonaraも言わないで逝ってしまった。
胸に刺さったままの苦い棘。

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Sがハワイのお土産にと贈ってくれた砂。
「仕方ないよね。ポケットに入っていたまま帰ってきちゃったんだから。」
と笑っていたっけ。

「〇〇ちゃんの写真 好きだから勝手に使わせてもらってるよ。
CDのジャケットに使うんだ。」
彼の遺したCDは捨てられて、もうないかもしれない。

彼の顔を最後に見たのはいつだっただろう。
何年も前の同窓会の時だっただろうか。

そうして、砂が指の間をこぼれるように友が去ってゆく。
二度と戻らぬ旅。


私はまだ生きねばならない。
いくつかの苦い棘と共に。

青春時代の棘は今も胸に突き刺ささったまま。


今日もまた友人の訃報が入る。


hibari
2017.7.22
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by unjaku | 2017-07-22 17:01 | その他 | Comments(0)

明日から夏休みだ!


明日から夏休みだって!
明後日からだと思っていた私、大いに慌てる。
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光に輝く丘の上の緑。
今はもうないけれど。


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この写真、何処かで使った記憶がありますが・・・。ま、いいや。

私が子供のころ、夏休みに入ると必ずお昼寝タイムがあった。
午後の1時から2時ごろの間かな?
母がうちわで扇いでくれたりして、でも母のほうが寝入ってしまうこともあって
そんな時は、こっそり虫取り網を持って、近くの野原へ出かけた。

だぁれもいない真昼の金色に輝く野原。
ひとり蝶や虫を追いかけて走り回った。

あの時代は、お百姓さんたちも皆 野良着を着たまま土間近くの部屋で
仮眠をとっていた。
子供が出かけようとすると、大人たちは声をそろえて叱ったものだ。
「こんな暑い時に外に出ると馬鹿になる!」
だから私はバカになったのか。

それでも、今の時代のような気が狂うほどの暑さではなかった。
31度くらいにでもなれば、大人たちは暑い!暑い!と騒いだものだ。

おやつは井戸水で冷やしたトマトやキユウリにマクワウリ。
たまにとびっきりのスイカ!
井戸の水で冷やされたスイカは、おやつじゃなくてご馳走だった。


子供たちが元気なのは昔も今も変わらない。
ツインズも成績表を、満面の笑みで手渡して遊びに出かけた。
口実は、「お友達と一緒に宿題やるの。」
本当なんだか冗談なんだか。

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今は姿を消してしまったガマの穂。
「え・・・これがいなばの白うさぎに出てくるガマの穂なの?!」
いつだったかお二人さんが驚いていたっけ。
そうよ・・・この茶色の穂がフワフワの綿毛になるのよ。
信じられない!二人の目がそう言っていた。


hibari
2017.7.20
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by unjaku | 2017-07-20 14:56 | その他 | Comments(0)

あれから20年


1997年にレディ・ダイアナが不運の事故死を遂げて
今年で20年になるそうです。

エリザベス女王の反対を押し切って、パリへ飛んだチャールズ王大使は
変わり果てたレディ・ダイアナを見て、大粒の涙をポロポロと流し続けたそうです。
不幸だった結婚生活。
それでも二人の王子を愛情深く育てた元妃には、やはり捨てきれぬ愛情を抱いていたのでしょうか?


10年前、イギリスに旅行した時、ロンドンではレディ・ダイアナ没後10年の追悼コンサートが二人の王子の主催によって開催される時に当たっていました。
二人の王子はテレビのインタビュー番組で
「母は本当に最高の母だった。私たちを愛情深く見守り育ててくれた。」と語っていました。

コンサート当日の模様を伝えた新聞記事の写真です。
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写真には、結婚前のキャサリン妃も写っています。右上の円で囲んだ女性が、当時のケイト・ミドルトンさんです。
とてもリラックスして楽しんでいるように見える王子ですが、弟のヘンリー王子は最近になって
次のように語っています。

「母の死は考えたくなかった。思い出したくもなかったし、他人に話したくもなかった。
いつも自分は平気なのだと友人たちには話してきた。しかし、長い時間が経ってみるとパニック症候群に襲われるようになった。大勢の人に囲まれると大量の汗が流れ、心臓がバクバクした。早くひとりになりたかった。」
異変に気付いたウイリアム王子やキャサリン妃に勧められ、
ヘンリー王子は初めてカウンセリングを受け心に積もった母への思いを口に出すようになったという。
たった12歳で人目にさらされ、母の棺の後を歩かねばならなくなった時、王子は最後まで抵抗したとも。
「子供にあんなことをさせるものじゃない。」と王子は語っている。
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ウイリアム王子は、自分のことを次のように話している。
「母の死は衝撃以外の何物でもなかった。自分の中に怒りがあった。母の死への怒り。
そんな自分を優しく受け止めて慰めてくれたのはエリザベス女王だった。祖母は本当に優しかった。」
当時14歳だったウイリアム王子も、キャサリン妃との間に二人の王子と王女をもうけ、今や立派な父親である。

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困難を乗り越えた二人の王子は、早くに親を亡くした子供たちを支える慈善事業を立ち上げたという。
ヘンリー王子はこのように語っている。
「目立つ派手なことよりも、地味で目立たない活動のほうが大切なんだ。」

二人は今、母の暮らしたケンジントン宮殿に暮らしている。
一組の家族と一人の若き男性。
その関係は本当に心温まるもののようである。

あれからもう20年たったのかと思う。

ウインザー城で見たレディ・ダイアナの写真集のなかで、とりわけ印象に残った1枚。
ピンクの乗馬服に身を包んだ当時のダイアナ妃がポニーに乗ったヘンリー王子と一緒に
散歩をしている写真。
少しうつむき加減に憂いを含んだ表情のダイアナ妃は何を思っていたのだろう。

レディ・ダイアナが亡くなって1週間もたたないうちに、マザーテレサが天に召された。
「世界は優しさに飢えている」
当時の新聞のコラムに乗った記事の見出しであった。

(レディ・ダイアナの写真はお借りしました。)





hibari
2017.7.5
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by unjaku | 2017-07-05 20:17 | その他 | Comments(0)

いよいよ夏到来


明日から7月。
なにやら梅雨明けもはやいとか?
6月は入院・リハビリで終わってしまった。
もちろんリハビリはしばらく続くけれど、
1か月丸ごと損をしたような感じ。
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今日は久しぶりに家の周辺、1ブロックを歩いてみた。
いやいや、何人かの知り合いに出会って、杖の理由を
聞かれる羽目になった。

ブラックコーヒーの君からは、
「そのうちコーヒー飲みにお邪魔しまぁす。」と催促があり
「ハイハイ、いつでも臨時カフェ開店しますよ~。」



義妹からは、美味しそうなサクランボの差し入れ。
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山形産ですよ~~!あま~~い!
Mちゃん ありがとう。


ドクターストップがかかって行けなくなったヨーロッパ。
物足りない夫が思いついたのが「モンゴル」。
3人で、馬に乗り草原を走り、ゲルに3泊もするんだって。
ツインズは「スーホの白い馬」のモンゴル?!と大喜びしたのはいいけれど
シャワーもトイレも屋外の施設と聞いて、少しビビっていました。
さてさてどんな旅になるのでしょうね。


hibari
2017.6.30
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by unjaku | 2017-06-30 20:23 | その他 | Comments(4)

退院して1週間。
家での生活にも慣れ、
場合によっては杖がなくても歩行が可能になりました。

友人が来ると、杖なしでくるっとターンなんかして。
皆目を丸くして驚きます。(笑)

回復が早いのは、術後足のむくみに襲われなかったことです。
同室の皆様、足のむくみに悩んでいましたもの。

家に帰った時、
二番咲きの薔薇が迎えてくれました。
そのうちの一つ。ミセスドリーンパイク。
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そして ルシェルブルーも
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この子も春に花をたくさんつけたんだよね。
2番花もつぼみが待ってる。





私がいない間にアレゴリーは散り、ダヴィンチも散り
届いていた薔薇の新苗は瀕死の状態でした。

狭い庭を移動しながら、そろそろ退屈になってきました。
車はまだ運転できないし、歩いて遠出はできないし、
もちろん映画を観にも行けない。

週末からは暑くなりそうだけど、
サングラス掛けてつばの広い帽子かぶって
すこしだけ杖を共に遠征してみようかな。
どこまで行けるだろうか?
帰ってこれなかったりして・・・・これもまた困るんだなぁ。


hibari
2017.6.29
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by unjaku | 2017-06-29 20:59 | その他 | Comments(2)

入院日誌 これで終わり


入院と言えばお見舞い。
色々な人が会いに来てくれたが
一番うれしかったのがツインズの手紙。
下の画像プーさんの小さな缶に入っていた。
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開けるとふわっとバラの香り。
手紙の間に、バラの花びらが数枚入っていた。

「おぬし、なかなかやるな・・・・。」
私の顔がいっぺんに緩んだのは言うまでもない。


さて、入院日誌も今回で終了。
入院している間、とても不思議に感じたことがあります。

女性の部屋と男性の部屋の大きな違い。
女性は元気なるにつれ、ベッド周りのカーテンを開けて
開放的になりますが、
男性のお部屋は、皆カーテンを巡らして、視線をシャットアウト!
自分に固くこもっている・・・そんな雰囲気でした。
楽しいはずないよなぁ。

女性は何だって楽しんじゃう。アハハ・オホホと笑いあう。
私生活までわかっちゃう、みんな平気。

カーテンめぐらすのは着替えの時だけ。
「一応 レディだから。」

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帰ってみれば、去年まで白い花をつけていた紫陽花が、写真のような色に
変化していてびっくり!
土が変わったせいでしょうか?

夫もすっかり主夫・・じゃない姑になっておりました。


hibari
2017.6.28
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by unjaku | 2017-06-28 13:33 | その他 | Comments(2)