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カメラ・ダイアリーです。COCOROの向くままカメラの向くまま・・・。


by hibari0929

中村哲氏 銃弾に倒れる


言葉にならないショッキングな事件だった。
アフガニスタンで、医療や井戸掘り、潅漑による農地の整備に尽力して来られた
中村哲氏がお亡くなりになった。
テロによる銃撃だった。
中村哲氏 銃弾に倒れる_c0202113_16335787.jpg

画像お借りしました。

日本人としては、国際貢献NGOの先駆者のような方だった。
アフガンでは、武装勢力を始め市民からも広く理解されていた
中村氏の活動だった。


アフガンの人たちと同じ服装をしながら、すっかり市民の中に溶け込んでいた
普通のおじさんだった。とは地球のステージを主宰する桑山先生の話だ。
アフガンの人々は中村氏の死を悼んで
「彼はアフガン人として生き アフガン人として死んだ。」とメッセージを掲げた。


平和を訴えるのは命がけでなければできないことなのだ。
私の師はそう教えてくれた。

でも、死んではいけない人だった。


hibari
2019.12.5
Commented by BBpinevalley at 2019-12-05 19:11
本当に無念です。
彼を撃って、一体何になるというのでしょう。
歪んだ人間の無分別、まったく悲しく、腹立たしい。
Commented by unjaku at 2019-12-05 19:35
pinevalleyさん こんばんは。
何といえばいいのでしょう。
「いつかこんな日が来るように思っていた。」
という奥様の覚悟の上に活動していた中村さん、
私にとっても誇りでした。
本当にこんな日が来るとは、無念なこの想いをどうすればいいのでしょう。悔しくてなりません。
いったい何人の傑出した人物が平和のために死ななければならないのでしょうか。悲しいし、情けないし、無念だし・・・自分にもう少し力があったならば、替わりたい。無念です。
Commented by shata3438 at 2019-12-07 18:15
こんばんは。
本当に悲しい話です。余りの事に大きなショックを受けました。
昔は東南アジアなどによく出張をしました。駐在した事もありましたが水盃の時代でした。駐在に行くときは羽田空港で万歳に送られました。多分中村医師も万一の時にはその覚悟はあったでしょう。ご家族も覚悟はあったと思います。しかし本当に悲しい話です。
Commented by unjaku at 2019-12-07 19:48
shata3438さん こんばんは。
無念としか言いようのない事件でした。
あってはならない出来事でした。
奥様の「いつかはこのような日が来ることは・・」という言葉に
ご家族の覚悟と同時に無念さを覚えました。

いったい何人の気高い人々の死によって平和が訪れるのでしょう。

アフガンの人々に混じって、彼らの貧しい暮らしからの脱却を目指して
何十キロの灌漑用水を築き上げ、乾いた土地を緑野へと変え、
市民の暮らしを安定させるべく、全てをなげうって貴い人生を捧げた中村氏が
死ななければならなかった理由が分かりません。
私たちの暮らす世界は、いったい何人、或いは何百人何十万の血を捧げなければ
成り立つことのない世界なのでしょうか?
悔しい!情けない!無念!
ここ数日、この事件を思うたび、胸がつぶれるような思いでした。
ストレッチャーに乗せて運ばれる中村医師の顔が頭を離れません。

時間がたつと私もこの事件を忘れるのでしょうか?
日々の慌ただしさに紛れて忘れてしまうのでしょうか?
武器商人よ!お前たちこそ死ね!大喜びで私は笑ってやる!
来世にもし生まれたなら、死をも恐れぬ獅子となって、
結婚も子供ももうけず、報われぬ人生を送る人々のために
この身を捧げたい。非暴力の戦いを誓って。
そのための残りの人生を生きていく!
老女の妄想です!
Commented at 2019-12-12 17:50
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by unjaku at 2019-12-12 20:57
鍵コメさん はじめまして。
カモメの玉子つながりですね。
夫の田舎が宮城県・生まれは塩釜です。

拙いブログですが、いつでもどうぞ寄ってくださいね。
お待ちしています。
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by unjaku | 2019-12-05 16:47 | その他 | Comments(6)